狩野智宏|神代良明 東京画廊+BTAP

はじめまして。 こまめな更新はままなりませんが、展示の折々などの覚え書きをこちらに残していこうと思います。 ではまず一発目。よろしくお願いします。 東京画廊で初めての、ガラスを主素材とした展示をさせて頂く運びとなったのは、画廊主の山本さんと作家の狩野さんが表現における素材と人との関わりについて不断に問い、論を重ねて来られた故だと思う。  狩野さんは今こそ自然<じねん>を再認識すべきであるという強い想いで臨まれた。  これをズバッと表明することは、なにかを表そうとする立場としては案外なかなかに勇気のいることだと思うのだが、いまその姿勢に深く共鳴し、背中をググッと押されて僕はこれまで形にできなかった言葉をようやくと文字に起こしてみようと思うことができた。 これまでアチコチで言ってきたこと、書いてきたことに嘘はないけれど、核心に触れることをどこかで躊躇ってきたことはここで白状します。  書いてみたらとても個人的な思い入れの形になってしまったのではあるが、作品ともども、どこかでじねんの普遍性に手が引っ掛かっていたらと願う。 Remaining composition のこり体 机に置きっぱなしにしていた蜜柑が黴びることなく茶色を帯びて萎んでいくのを、日々何気なく眺めていたことがあった。半年ほどしてそれはとうとう弾まないピンポン球のような硬い物体になったのだが、その静かな道のりを確かめて以来、立ち枯れた草木や、数多の困難を免れた後に干涸びて地面に転がっている虫をただ喪失の目で観ることはなくなった。その一方で、重なる施療を授かりながらのなか不本意に亡くなっていった父親を看取ったことで

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